bunkoのブログ

黄昏ナースのばーばな日々

感動した抹茶のかき氷✨🍀

近くにあるはずなのに

狭い道を脱輪しそうになりながら

やっとたどり着いたカフェ☕️🍀✨


先輩ナースのよりちゃんに

運転を代わってもらいながら

スリル満点のドライブ🚘

(たったの800メートルの場所に30分迷った😭)



お茶屋さんがやってる

お目当ての抹茶のかき氷🍀✨


静岡はお茶の産地。

抹茶のかき氷は

それなりのお値段🤔


でも

ここのはびっくりぽん😵✨

(古い?)


他のお店の半分くらいのお値段で

すごく美味しい☺️





かき氷のメニューは

お抹茶だけ。


静かで

シンプルなカフェ☕️


今度は迷わず行けそう。




夜は

孫とライン電話。


これ、子供は大好きみたいです。




今の子供たちは

分からないかな。

おばあちゃんとさつまいもごはん🍚🌻

テレビのローカルニュースで

小学生が戦争時代のお料理を体験するのをやっていました。


かまどに火を焼べて

汗びっしょりで作った料理は

すいとんと

さつまいもごはん。


すいとんは味がしなくて

さつまいもごはんは美味しいって。


さつまいもごはんって聞くと

いつも明治生まれの祖母を思い出します。


子だくさんの祖母は

母乳を出すのに

とってもお腹が空いたそう。


「食べるものが無かったから

さつまいもごはんでお乳を出したよ。」

「麦ご飯が食べれる兵隊さんはいいなぁっていつも思ってたよ。」


祖母は

食いしん坊ネタを

ケラケラ笑いながら話していました。


今のバイキングレストラン

(ビュフェ式と言うのかな。)を祖母が見たらなんて言うかな。


「あとと あとと(なんまいだぶなんまいだぶ)」って

料理に手を合わせるかも☺️


麦ご飯でも

白いご飯でも


たくさん食卓に並ぶ頃は

もう歳を取りすぎてちょっとしか

食べれなかったね。



お婆ちゃん

今はね

産婦人科では

お産の後はものすごいお料理が

出るんだよ。


お婆ちゃん

腰抜かすよきっと😆




懐かしい茶の間☺️🍀





今の子、公衆電話の使い方知らないんだ😵🌀

夾竹桃✨

「夏に咲く花夾竹桃


原爆の野に燃えている」



こんな歌詞だったかな。


長崎出身の私は

子供の頃

8月9日は登校日と決まっていました。


11時2分。


「黙祷」の声。

サイレンの音


市内の教会では

一斉に鐘の音が響きました。



「夏に咲く花夾竹桃

原爆の野に燃えている」


夾竹桃という花の名前は

この歌で覚えました。


田舎から

こちらに嫁いだ時

高速道路の脇に咲いている夾竹桃を見つけて

あの歌を思い出しました。


「故郷の街焼かれ

身寄りの骨埋めし焼け土に

今は白い花咲く

ああ許すまじ原爆を

三度許すまじ原爆を

我らの街に。」


小学生の時

登校日にはいつも合唱していた歌。

まだ覚えていました。


両親も祖父母も

親戚も隣近所の人も

みんな原爆雲を見ていたそうです。


実家から

50キロ離れた爆心地まで

祖父はリヤカーで

親戚を探しに行ったと聞きました。



夏は原爆の夏。

そんなイメージでした。


祖父母や

両親


戦争体験を伝える人が

どんどん高齢化していきます。


直接聴きながら育った者として

次の世代に

どのように伝えたらよいのか。


リヤカーで

市内に行った祖父は

たくさんの遺体を運んで焼いてきたそう。


夾竹桃をきれいな花だと思えない。

焼け野原を見てきた

悲しい花に思えるのです。





向日葵はどこを見てるのかな🌻🍀




夏はまだまだ続くけど

戦争の無い夏。

平和な夏🌻✨🌻✨