bunkoのブログ

黄昏ナースのばーばな日々

寂しい気持ちと粟ヶ岳🍀✨

まだ寂しがっています。


寂しがりです。


家でぼーっとしてると

家事の合間に・・じゃなくて


スマホやテレビの合間に

家事・・って事をやってしまうので

粟ヶ岳に登って来ました。


8時半頃に

麓のいっぷく茶屋に着いて

いざ出発!


今年7回目だけど

ひとりで登るのは

初めて。


坂道続きのこの山は

世界農業遺産になっていて

振り返ると

美しい茶畑が広がっている。


「はぁはぁ・・」

「心臓バクバク・・」


今日は気温も湿度も高い。


すでに

駆け下りて来られる紳士淑女の皆さんは

元気元気!


「おはようございます。」

「頑張って!」


弾む声が通り過ぎる。


「はぁはぁ・・」

「ぜぇぜぇ」


・・・死ぬかも〜〜〜〜( ̄◇ ̄;)💦💦



・・い、いや


まだここで死ぬわけにはいかない。


今日のファッションは

気合いが入ってないし、

下着はあれだし、



靴も・・臭うかも。


(>人<;)💦💦



山頂まで登れば

帰りは下り坂を降りるだけ。


途中の日陰で

腰を下ろし

バナナをもぐもぐ・・・


お茶をゴクゴク。


バナナをもぐもぐ・・。


お茶をゴクゴク。



バナナを・・🍌



早くのぼらんかい‼️



自分を叱咤激励しながら

のろのろ

よたよた

坂道を登る。


「暑いですね!」

「きついですね!」

「もう少し、頑張って!」



下る皆さんは

とっても元気で優しい😭



命がけで(⁉︎)


着いた山頂の阿わ波神社⛩


引いたおみくじは


大吉✨👍



やったぁ〜〜(*´∇`*)✨✨


元気はつらつ

オロナミンC✨


生きてて良かった。



帰り道では


「ここでひと休みしたな。」


「ここでバナナ食べたな。」


「ここで胸がバクバクしたな。」


「ここでバナナ食べたな。🍌」


って


生きた証を辿りながら歩いた


(おぃ‼️)


ひとりは寂しい。


でも

ひとにも疲れる。


クセがなくて

聞き上手で

優しい人がいい。



そんなひとになりたい。








ラムネ久しぶりに飲んだ。


開けかた分からなかった。



寂しい気持ちと佐久島🍀✨

今日は暑い。


当直入りだけど眠れず


何だか寂しくてたまらない。


お年頃(更年期?)のせい?


朝起きた時


「よし、今から死のう」って

考えると

気持ちが楽になる時がある。


友達に聞いたら


「私もあるよ。」って。


みんなあるんだね。


鬱を経験した人の話を聞くと

死ぬことが

コンビニにちょっと行くくらい

簡単に思えるって。

だから

周りが

「死にたいなんて、何考えてるの!!」って

叱っても

ピンとこないんだって。




先日、佐久島に行った。


大雨の後の

澄んだ空と風。


島の景色にすごく慰められた。


一緒行った友達。


いい人なんだけど

ご主人の話しとか

山歩きの話しとか

毎回同じ話なのにストーリーが変わる。




何か訳があるんだね。


だったら話さなくていいのに。


話の真ん中を

隠そうとすると

話が変わって行くんだね。


でも話したいんだね。


人はウソがあると

多弁になるのかな?


いい人だけど

自分は難しいひとと過ごす体力も

気力も

そんなに無いから

だんだん距離を置いて行くかな。









いいところだった。


また行きたい。


だれか一緒に行ってくれないかな。

遺された叔母✨😢

久しぶりの実家からのライン。


兄から

従兄弟の訃報を知らせる文字が飛び込んで来た。


従兄弟は

私の同級生であり


初恋の人でもあった。



中学までは同じで

高校から今日まで

祖母のお葬式とか

数えるくらいしか会った事は無かった。


若い頃の

宇津井健に似ていて

背が高く、優等生で・・


劣等生だった私は

彼の従兄弟である事が

ささやかな自慢だった。


彼の父である

私の叔父が、数年前に交通事故で

あっという間に旅立った時、

一人っ子だった彼は

私の兄と事故現場に立って


「親父は痛かったのかな・・」とだけ

呟いたそうだ。


その時兄は

彼の生命力の薄さと言うか

力の無さと言うか

何となく「病気なのかな?」と

後になって思えば

感じたそうだ。



彼はひとりで旅立った。


叔父が亡くなってから

叔母は

都会に暮らす息子との電話が

日課だったそうだ。


ある日

いつものように電話をかけても

繋がらず

一日経ち

二日経ち

三日目に不安は募り

五日目に妹叔母夫婦に付き添われて

新幹線に乗り

息子のマンションに着いた時

従兄弟は冷たくなっていたそうだ。


事件性は無く

死因は病死。


85歳の叔母は

たったひとり残された。


息子が帰ってきて、

2人で静かに暮らして、

いつか息子に看取ってもらう筈だった。


誰もがそう思っていた。



従兄弟はなぜか

独身だった。



叔父が亡くなった後叔母は、


「まだ信じられなくて、テレビを観ていても、お父さんがいると思って

話しかけてしまうのよ。」


「外で音がすると、帰ってきた!って

思うのよ。」


「この気持ちは

なってしまった人にしか分からないのよ・・。」

と言っていた。



一人息子まで

旅立ってしまった叔母・・。


言葉が

見つからない。